feature
  • 岩手・遠野 – 時空を超えた伝承と幻想の旅「遠野物語」の世界を巡る旅

岩手・遠野 – 時空を超えた伝承と幻想の旅「遠野物語」の世界を巡る旅

「ふるさと」という言葉、あなたは何を思い浮かべるでしょうか? 辞書などで調べると「古くからゆかりの深いところ」「生まれ育った場所」といった意味が返ってくると思います。

岩手県遠野市は「永遠の日本のふるさと」と呼ばれます。

心地よい山々に囲まれ、深い緑と豊かな伝統文化が溶け合う遠野市は、日本の原風景を色濃く残し、柳田國男の「遠野物語」でも知られる土地でもあります。「遠野物語」は遠野地方に伝わる逸話、伝承などを記した説話集で、いわゆる民話が集められたものです。そこに記された世界は、とても神秘的で、どこかオカルト的な雰囲気を感じる物語が多く記されています。

しかし、その物語が架空でなく、現在でも実際に訪れることができる場所が残っていると知ったら、どう思いますか? 永遠の日本のふるさとに残る原風景は、あなたを時空を超えた伝承と幻想の旅へといざないます。

 

日本の原風景が残る遠野

岩手県の内陸に位置する遠野盆地は、四季折々の風景が広がります。

緑豊かで雄大な六角牛山(ろっこうしさん)や、清らかな猿ヶ石川(さるがいしがわ)、実り豊かな田園がどこまでも続き、田畑の周辺には水車小屋や古い石碑・祠などが見られます。そこかしこに古くからの生活を垣間見ることができる場所で、民話が残っていても、何も不思議ではないと感じるはずです。

 

遠野物語の世界


遠野物語は、地元出身の民話蒐集家であり小説家でもあった佐々木喜善によって語られた遠野の伝承を基に、柳田國男が筆記・編纂した作品で、日本の民俗学の先駆けとも称されています。その内容は、座敷わらし、カッパ、オシラサマなど不思議な伝説が多数記されていますが、あくまでも民間伝承に焦点を当て、奇をてらうような改変はなく、聞いたままの話を編纂したこと、それでいながら文学的な独特の文体であることが高く評価され、現在でも根強い人気があります。そんな神秘的な遠野物語の世界を巡ってみましょう。

 

JR遠野駅


まずは、JR 遠野駅からこの旅を始めましょう。遠野市の中心に位置するこの駅舎は、硬質コンクリートブロック造りで、国内では珍しい建築様式を持っています。
2002年(平成14年)には、「ヨーロッパの建築様式を取り入れた重厚な石積み風の外観」が評価され、東北の駅百選に選ばれました。

遠野は「カッパ伝説」で知られる土地でもあります。この伝説は「遠野物語」にも登場し、駅周辺にはカッパをモチーフにしたオブジェが点在しており、遠野駅前交番の建物はウインクするカッパを模したユニークなデザインが特徴です。

では、駅にほど近い施設で遠野物語のおさらいをしておきましょう。

 

とおの物語の館


JR 遠野駅から徒歩で約 6 分の距離に、「とおの物語の館」があります。ここは、遠野物語に登場する民話や昔話を紹介する「昔話蔵」と、歴史的な建造物である旧高善旅館や旧柳田國男隠居所などからなる施設です。昔話蔵では、河童や座敷わらしといった遠野独自の伝説から、「はなさかじいさん」「桃太郎」といった日本全国に知られる多くの民話が展示されています。

いずれも美しいイラストやオブジェを使ってセンス良くまとめられており、子供も大人も楽しめる内容です。
複数の建物のなかには、旧高善旅館や柳田國男隠居所などは古い建物が保存されています。その中には柳田國男の事績を紹介するたくさんの資料が展示されています。

時間が合えば、語り部の方のお話を直接聞くこともできます。遠野物語の世界をより深く理解するのに役立つでしょう。

とおの物語の館

「とおの物語の館」は、遠野の昔話や文化に触れられる複合施設です。かつての酒蔵を改装した「昔話蔵」では、遠野に伝わる民話や日本の昔話を音と映像を使って体感的に楽しむことができます。

 

遠野市立博物館

JR 遠野駅を背にして「とおの物語の館」を出発し、さらに徒歩で 5 分ほど歩くと、遠野市立博物館に到着します。ここでは「遠野物語の世界」、「遠野の自然とくらし」、「遠野の民俗学」という三つのテーマに基づいた展示が行われています。この博物館では、柳田國男の『遠野物語』の原稿や、オシラサマなど遠野地方特有の民俗資料が展示されています。

また、遠野にゆかりのある民俗学者たち、例えば伊能嘉矩や佐々木喜善に関する資料も見ることができます。遠野物語をおさらいしたところで、実際にその世界へ足を踏み入れてみましょう。

遠野市立博物館

国内でも屈指の民俗専門博物館で、『遠野物語』の世界を豊富な映像やジオラマ、実物資料で紹介しています。

 

卯子酉(うねどり)神社

JR 遠野駅から車で約 5 分の距離にある「卯子酉様(うねどりさま)」の祠は、恋愛の神様として知られ、多くのカップルが訪れています。この祠は「遠野物語拾遺」の第三五話にも登場しており、特別な場所として描かれています。

昔この地域には大きな淵があり、「淵の主」と呼ばれる神秘的な存在が住んでいたと伝えられています。ここで男女の縁を願うと、不思議なほど願いが叶ったと言われ、信仰心が深い人には、「淵の主」が時折現れることもあったそうです。

今では、その場所にある祠の前の木の枝に、左手だけを使って赤い布を結ぶと、恋愛の縁が結ばれると言われています。恋愛の神様を訪れた後は、家の神として祀られている「オシラサマ」に会いに、少し足を伸ばしてみましょう。

卯子酉神社

愛宕山の下、縁結びの神様として知られている卯子酉(うねとり)神社です。

 

伝承園

伝承園は、かつての遠野の人々の日常生活を保存し、後世に伝えるために設けられた施設で、遠野の歴史や文化を深く理解するのに最適な環境になっています。園内には多くの見どころがあります。

例えば、国の重要文化財である美しい曲り家「菊池家住宅」や、「遠野物語」の語り手であった佐々木喜善を記念した「佐々木喜善記念館」があります。

さらに、「御蚕神(おしら)堂」では、養蚕や農業などに関連する神様「オシラサマ」の約 1,000 体が展示されており、遠野の文化と信仰の深さを垣間見ることができます。これらの施設は、遠野の過去と現在をつなぐ重要な役割を果たしており、訪れる人々に遠野の歴史と文化を深く感じさせます。

「遠野物語」の第六九話には、ある娘が馬と夫婦になったという話があります。怒った父親が馬を桑の木に吊るし、殺してしまいます。悲しんだ娘は、切り落とされた馬の首に乗り、天に昇ってしまいました。この出来事がオシラサマの誕生とされています。

曲り家とつながっている御蚕神堂に入ると、木の棒に馬や人の顔を刻み、布を着せて作られた約 1,000 体もののオシラサマが訪れる人々を迎えます。

娘と馬との結婚という話は、一見すると信じがたいかもしれませんが、馬が農耕や移動に重要だったことから生まれた悲しい伝説であり、信仰の対象となっています。

その物語を知った上で、堂内にある素朴な顔立ちの神様を見ていると、切なさを覚えるかもしれません。この施設の近くに、また別の言い伝えが残る場所があるので、次はそちらへ向かってみましょう。

伝承園

遠野に伝わる民話の世界を体感できる施設です。語り部による昔話を聴ける他、お食事処「おしら亭」では遠野の食材をふんだんに使った郷土料理を味わうことができます。

 

常堅寺(じょうけんじ)とカッパ淵

伝承園から、ホップ畑の間を徒歩で約 5 分の場所に、常堅寺という曹洞宗のお寺があります。1490 年に開山した歴史あるお寺の境内には、全国唯一の「カッパ狛犬」があります。この珍しいカッパ狛犬は、そこに住んでいたカッパが常堅寺の火事を消して狛犬になったという伝説が残されています。

常堅寺の裏手を流れる小川があり、その淵には、昔カッパがたくさん住んでいて人々を驚かせたといわれています。そのため、この場所はいつしか「カッパ淵」と呼ばれるようになりました。

遠野文化研究センターの資料によると、遠野市内にはカッパが出没したとされる淵が 14 か所もあります。その中には、カッパが馬を淵に引っ張り込もうとしたが、逆に馬屋まで引っ張られてしまうような、ちょっとドジな話も含まれています。これらの話を聞くと、カッパは恐ろしい妖怪というよりは、どこか憎めない存在に感じられるかもしれません。

また、資料には 1974 年にカッパが目撃されたという比較的最近の記録もあるそうです。澄んだ水がさらさらと流れるカッパ淵は、うっそうとした茂みに覆われ、まるで今にもカッパが現れそうな雰囲気が確かにあります。

そのカッパ淵で挑戦してみたいのが、「カッパの捕獲」。

地元観光協会が発行する「カッパ捕獲許可証(220円)」というものがあり、もしもカッパを捕獲して、仲良く遠野テレビに行くと・・・賞金1,000万円!!!

ということで、あなたも好物とされるキュウリで生け捕りに挑戦してみてはいかがでしょうか?

カッパ淵

延徳2(1490)年に開山した曹洞宗の由緒ある常堅寺の裏手に「カッパ淵」と呼ばれる小川が流れています。

 

遠野ふるさと村

伝承園から車で約 10 分の距離に、「遠野ふるさと村」という懐かしい農村風景を再現した場所があります。この村には、江戸時代から明治時代にかけて建てられた茅葺屋根の家々や水車小屋があり、のどかな風景の中で、様々な伝承文化や農村生活を体験し、楽しむことができます。

ビジターセンターから遠野ふるさと村に入ると、目の前には遠野物語にも登場する「マヨイガの森」があります。

「マヨイガ」とは、この地域に古くから伝わる、山の中にある不思議な家の話です。この家に行けば、訪れた人に幸運や財産がもたらされると言われています。話によると、その家に行った人は、そこから何か物を持ち帰ってもいいそうです。

しかし、実際に幸運を得られる人は限られています。たとえば「遠野物語」第六三話では、欲がないからこそ幸運を得た三浦家の妻の話が語られています。一方、第六四話では、欲が強かったために幸運を得られなかった若者の話が描かれています。さて、あなたはいかがでしょう?

いずれにせよ、マヨイガの森を抜けると、かつて馬と人が共に暮らした南部曲り家の里や、山野草、桜、新緑、紅葉、雪景色など、一年を通して素晴らしい景色に出会うことができます。時間を忘れて一日中過ごしてしまうかもしれません。

遠野ふるさと村

遠野の昔の農村集落を再現した観光施設です。手入れが行き届いた里山の自然の中に、馬と人が共に暮らしていた南部曲り家を移築・保存し、昭和初期の農村の風景をイメージして整備されています。

 

続石

JR 遠野駅から車で約 15 分の場所に、不思議な「続石」があります。

「遠野物語拾遺」の第一一話には、「続石が、現代の学者が言うドルメンによく似ている」という記述があります。また、「遠野物語」の第九一話に登場するこの石は、その不思議な特性から有名です。古代の墓である可能性がある一方で、伝説の武蔵坊弁慶が持ち上げて作ったとも言われています。

この神秘的な石を見るためには、鳥居をくぐり、山の小道を約 15 分歩くと、杉の木々に囲まれた小高い場所に到着します。そこには、鳥居のような形をした大きな石の造形物があり、二つの石が並んでいます。そのうちの左側の石の上には、幅7メートル、奥行き5メートル、厚さ2メートルほどの大きな石が乗っており、この石は「笹石」と呼ばれています。

人工物であるか、自然の為せる奇跡かは定かではありませんが、この続石の存在がこの一帯を神秘的で神聖な場所であると認識させていることに間違いないと言えるでしょう。

続石観光専用駐車場が用意されていますが、小さな駐車場なため数台停めればいっぱいになってしまいますので、訪れる際はお気をつけください。

続石

鳥居状の形をした巨石の造形物です。2つ並んだ石の左側のみに、幅7メートル、奥行き5メートル、厚さ2メートルほどの巨石が「笠石」として乗っていて、絶妙なバランスをとっています。

ざっと見た限りでも、遠野物語にゆかりのある土地がこれだけあります。今回の記事では主に自動車での移動が必要なコースとなりますが、時間に余裕のある方はレンタルサイクル(冬期間休止)でじっくりと巡ってみるのも良いでしょう。

遠野を訪れると、現代人が忘れたものがそこにあるのかもしれません。