遠野語講座

第九回 そこっとまでぬ

遠野で日常的に使われている「お国言葉」をご紹介します。ぜひ声に出して、その響きのあたたかさを味わってみてください。

遠野語講座

「おっ、ケンズまだいだったのが?」東京のあねさんを乗せてトラクタは再び彼のところに戻った
そうなのです、この帰省で帰っていた彼はケンズ、いやケンジという名前だったのです。
「なぬこの、おればりおいでって、しでやづらだなおめだず!」
「なんだとこのやろう、僕ばっかり置いていって、ひどいやつらだな、おまえたちは!」と、言いたいのです。
「すっかだねべ、もっとふってロープとりさいったんだがら」
そうか、彼は、ロープを取りに戻ったんだ。
「それさよ、あねさんのごぎげんもとってあげさいってやったんだじょ、ありがでどおもえ」
彼女の機嫌もとりにいってやったんだぜ、と言っているのだが
「んでば、しとごどしゃべってがらいったってよがんべよ」
「ひとこと断ってから行ったっていいじゃんかよー」
そりゃそうだよね!
「まんつ、タイズちゃっちゃどひっぱりあげでけろじゃ」
そう、べごや(酪農家)の彼はタイチという名前です。
出ました、「まんつ」、「ちゃっちゃど」は、こういうところで使うんだよ、もう大丈夫だね
「あげでけろじゃ」の「けろ」は「やってちょうだいね」の「けろ」だからね
「ボールけろ!」の「けろ」も「はやぐうっつぁけろ!」の「けろ」も、ほとんど同じようにしか聞こえないから
遠野にいる時は、ちゃんと空気を読むんだよ!
「はいはい、すこすばっかりおまずくださっておぐれんしぇ、いまゆつけでだげらなっす」
タイチくんはとても丁寧に言ってます。
「すこすばっかり」は解り易いね「ちょっと待っててね」だよ、「ぺっこばり」でもいいね。
「ゆつけで」は「結んでいる」だよ、
ところがガリガリガリ!大きい音がしました
「あややや、までまで、くるまさきづついだんでねーが、いぎなりやんなじゃ、までぬよ、そこっとよ!」
最初の「までまで」は「待って」だけど、後の「までぬよ」の「まで」は「丁寧にやれよ」の「まで」だからね
そうなると「いぎなり」は、急にとか、乱暴に、などの意味になることはなんとなく想像できるね?
それに、「やさしくね」という意味の「そこっと」が最後についてます。
遅く家に帰って、家族に気付かれないように歩くときは「そこそこっと」だからね、「そこっとおしぇるよ!」
いいかな?「やさしく押さえて」じゃないよ、「内緒で教えるよ」だよ。
遠野語では重要な言葉がいっぱい出てきましたよ、忘れないでね!
「なんともね、はしぇっからよ」
人の車は平気なのだ「大丈夫だ、走るよ」が、ケンジは半分泣き顔だ
「あねさん、んでまんつな、いづまでもこったなづぐなすどつぎあってねではやぐけろよ!」
「づぐなす」は、まぁ、「こんじょなし」ってな、ところかな、言われないようにしようね。
「しぇわすタイズ、はやぐけずがれ!」そう叫びながら、道端の石を投げたが当たらなかった。
「しぇわす」は「うるせー」で、「けずがれ」は「とっとと消えちまえ!」だよ、
んで、これでおらもけずがります

[[[ 多田きんや プロフィール ]]]

1955年遠野市生まれ、千葉県在住のガーデンデザイナー・グリーンコーディネーター。本業の傍らイラストレーターとしても活動、遠野のイラストマップ、双六、カルタなども旅の蔵にて販売している。
本業のガーデニングの本、農文協の「きんや先生の園芸教室・はじめての寄せ植え」や旅と思索社「二十世紀酒場1,2」などがある。